2016年2月29日月曜日

毎日の通勤

しばらくブログを更新できていませんでした。

毎日の通勤とオフィスの雰囲気について書きたいと思います。

1.出発
勤務開始時間が9:00、通勤所要時間1時間のため、7:00前後に出発し、8時頃に着きます。

マンションを出るには自分でマンションの門を開けることはできません。
マンションには守衛(porteiros)がおり、彼らに開けてもらう必要があります。
マンションにもよりますが、セキュリティ上、マンションには守衛が常駐しています。

2.地下鉄(Metrô)
地下鉄を使っています。地下鉄は大阪や東京の地下鉄と変わらない程度に頻繁に行き来しています。
しかし、運転が荒く、定位置に止まらない、ブレーキが荒く、車内では捕まっていないと倒れてしまうほどです。
料金は日本と比べれば安く、定額のR$3.80(100-150円程度)です。

車両は新しいものと古いものが混じっており、古いものはエアコンが機能してなく、暑いです。

3.徒歩
朝は会社の最寄駅からインターン先の会社まで歩いています。

4.オフィス
オフィスに着くと、すでに着いている人達も多くいます。オフィスでは、コーヒーと水を自由に飲むことができます。ブラジルでは、コーヒーは常備されているようです。

オフィスでは音楽が流れています。曲は最近流行った曲が流れています。大体は海外で流行ったものが多いです。
職場によりますが、静かすぎると、会話がしづらいです。会話を促進するのには音楽が流れているのもいいなと思いました。
また、人によっては、ヘッドホンをしている人もいます。気分転換や、単純だが時間がかかる作業の時にはヘッドホンしながら仕事をするのも良さそうです。
また、勤務中にお菓子やフルーツを食べることもあります。自分の知る限りでは、日本の職場よりも結構自由ですね。

5.昼食
日にもよりますが、職場から車で出掛けてレストランまで行くこともあります。そんな時は、2時間近くランチに時間をかけることもあります。これも意外ですね。


日本の会社にもよりますが、ガチガチなルールの日本よりもかなりゆったりした感じです。

2016年2月3日水曜日

リオデジャネイロ旅行3(貧民街 ファベーラ)

こちらに来て初めて風邪を引きました。学校を休むほどではなかったのですが、少し長引いています。
なお、本日からインターンが始まりました。インターン先は一般の民間企業です。社内で業務改善のプロジェクトを起こしたということで、私はそこに参画する形で様々な部門を経験することになっています。


さて、いい加減に書き終えたいのですが、もう少しリオデジャネイロ旅行について書きます。

3️⃣1/2
イパネマ海岸などは金持ちのエリアですが、このすぐそばにそびえる小山(morro)には、貧困街(ファベーラ)が広がっています。
ここリオデジャネイロでは、富裕層エリアと貧困層のエリアは隣り合っています。

興味深いので、この日はファベーラへ行ってみることにしました。ただし、観光ツアーを使ってです。今は所要時間3時間程度のファベーラツアーというのがあり、安全に中へ入ることができます。

ファベーラはたくさん存在しており、詳しくはいくつあるのか知りませんが、そのうちの、Roxinhaというファベーラへガイドさんと他の観光客と共に行きました。

行ってみてまず驚くのは、上記した通り、富裕層エリアのすぐ上にあることです。金持ちの家を眺めながら、車で移動していると、いつの間にかファベーラです。

次に驚くのは、このファベーラはなんら普通の街と遜色ないことです。生活に必要なものはなんでも買えるし、インターネットも使えます。図書館もあれば、病院もあります。
歩いていても、特別おかしな雰囲気もありません。
ガイドさんによると、このエリアは様々な取り組みで改善されつつあるエリアとのことでした。

(左の写真は図書館、右上は病院、右下は商店が並ぶ通りです。)

そして、ファベーラの坂を上ってみると、そこには素晴らしい景色が待っています。この日はあいにく曇りでしたが。

(ファベーラの下には、高層ビルが立ち並ぶ富裕層エリアです。)

こんな素晴らしい景色があるのは、ファベーラの唯一の特権かもしれません。
一方で、さらに上方に目を向けると、まだまだファベーラが広がっています。


(さらに奥は道が狭く、車では入れないそうです。しかし、そんなところにも人々が住んでいます。)

なぜ、ファベーラが山の中に存在するのか?それは、奴隷制度に話が遡ります。ブラジルにもかつて奴隷が存在しました。それが、奴隷解放を実行時に、政府は何をしたか。何もしませんでした。彼らは奴隷でなくなったものの、仕事も無くなりました。また、奴隷であった人々は逃げるように山へ住み始めました。なぜなら、まだ、未開拓の場所であったからです。よって、貧困層が住み着くエリアがここに生まれました。
ざっくり、話はこんな感じだそうです。

物事の仕組みを正すことは大切ですが、是正していく中で起こる問題はフォローしていかなければいけなかったのでしょう。

サンパウロやリオデジャネイロは非常に発展しており、場所によっては東京や大阪とさほど変わらないような都会的な生活を送ることも可能ですが、格差が激しく、文字通り、常に危険エリアと隣り合っているのがブラジルです。